【2ヶ月】子供の発達が早すぎる話と我が家のお食い初め事情
息子の屁がくさすぎてびっくりした
— きり(んぼ) (@jidaraku_91) 2019年7月6日
今日も元気に生きてるキリだよ。
息子の屁が臭すぎてビックリした。よくもまあ、ミルクしか飲んでないのにあんな匂いをさせられるものだと感心した。
さてムスッコは今月、二度目の予防接種をする。
生後100日も迎えるからお食い初めを始めようかと思っていたんだけど京都ではお食い初めを120日頃までやらない事があるそうだ。
その理由が長生きを願ってとのことでそれに倣ってキリ家では100日を超えてからお食い初めをすることにした。
ムスッコが60cmになってました。2ヶ月で10cm伸びるとか成長痛半端なさそうすね。
— きり(んぼ) (@jidaraku_91) 2019年7月5日
50cmピッタリで生まれたムスッコの身長が60cmになってました。
最近は声を出して笑うこともしばしば、タオルなんかの物を掴むことも出来るようになり人間化している実感がすごい。最初から人間なんだけども。
タオラーの血を継ぐ者 pic.twitter.com/jBq9hQ1mLL
— きり(んぼ) (@jidaraku_91) 2019年7月5日
寝返りをしようとするし怒り寝返りを奇跡的にしたり、日々の変化が本当にある。
育児は超楽しいのと発見と疲労や呵責といろんな思いがする。まあ普通に生きていても同じなんだけど今までと全く違う毎日を送ってる感じかな!
抱っこさせてくれるのもミルクを間隔的に与えられるのも限られた時間だけなんだと周りの友人たちの子供の成長をSNSを通じて見ていて、そんな感慨が湧いた。
どんな子供になってほしい、大人になってほしいとか私の中では未だになくてどのように教育や成長を促せばいいのかなんて検討も付いていない状況を親は生きているんだなと今更思い知ったりする。子供は成長して大人になり、親は子供と一緒に親となっていくのだろう。
とりあえず今は好きなことをさせてあげたい、甘やかさない範囲で物を与えられるところは絶対条件で精神的な面ではどのように関わるべきか模索していきたい。
私自身が親と健全な関係を子供の時に築けなかったから分からない。親がいなくても子供は育つけどそうありたいと思うわけもなく。
模索。模索。
そして私自身は何をしたいのかも改めて考えて親としても一人の人間としてもきちんと時間がないながら考えて、何かをしたいなって話。
FGOのイベントを夫に走らせてるので写真投稿が出来ないため、廃墟凸の記事は近日公開する。ツイッターで公開したら普段通りお知らせ投稿するので気になる方、待ってました!という方はお待ちくだされ。
そんな夜更け更新でした。
おちまい
【予防接種】はじめての予防接種
これはねこ。
うちの看板アイドル。
私はキリ、産後2ヶ月。
食事制限を始めました。
ふつうに食べる量が高校生男児くらいなのですこし戻して体型を徐々に戻していきたいところ。
さて、本日は予防接種。
ヒブ、肺炎球菌、B型肝炎の三種類を3ヶ月かけて3回接種する。かなりギャン泣きするらしくヒヤヒヤものである。
赤ちゃんは暇そうだけど意外と予防接種だったり、ミルク飲んだり、寝かされたりスケジュールに追われてるのよね。それを煽動させる我々はさらに追われていて「ああ、これが親になるってことか」と事あるごとに思うわ。マジ。
当日の朝、近所の診療所のため前もって連絡して何時頃に伺えばいいのか確認。持ち物は前日から準備していたものの失敗できない日ってのは「あれ大丈夫だったかな?」という状況を何度も繰り返してしまう。
順番待ちのあいだもぐずりそうになりながらも泣かずに賢くしていたが、事件は会議室ではなく現場で起きているのが定石である。
診察室に通され、いろいろ説明を受けていると
ブリッ!!!!ブリブリ!!!!!
一度や二度じゃない。繰り返す放屁、うんち爆弾。
思わず医師もニコリ。
うんちするタイミングじゃないよ!?
と私は苦笑するものの、注射の前にオムツ替え。
屁だけであの威力ッ!!!!
我が子ながら恐ろしい子である。もうだいすき、チュッチュッ!
そんなわけでいざ予防接種。
刺されたときより注入されているときが痛いらしく「ンヒャアああああん!」と注射されるたびに、力いっぱいながらも遠慮がちに泣いていた。泣くというよりは雄叫びだったのかもしれないが、思ったより暴れずに泣き叫ぶこともなく賢かった。
さて、予防接種後は発熱や患部が腫れることがあるらしい。うちはどうでるだろう。友人の先輩おかんは「予防接種はじまったか~!忙しくなるよ~!」と言われた。まさに過ぎゆく日々である、追いかける。
そんな感じで予防接種1回目は余裕に終わった。
また1ヶ月ぶん人間になる我が子は2回目でどんなリアクションを見せてくれるか、今から楽しみである。
ちょっとごめんマジもんに可愛いからみんなみて pic.twitter.com/92Tvmudxvc
— きり (@jidaraku_91) 2019年6月24日
赤ちゃんというのは生まれたてはほとんど表情がない。最近は本当に表情が豊かに、そして強弱がついて人間らしくなった。人間の成長を目の当たりにしている。ほんとうに学ぶことが多く興味深い。
気楽にやっていこーぜ!
まとまりないけども疲れたから今日は!
おしまい
【生後2ヶ月】フライング一日ですが記録を。
やっほー!キリです。
産後2ヶ月になろうとしています。
そろそろ食事制限や軽い運動を視野に体型を戻そうと目論んでいる頃です。
だって、子供産んだから好きな服が似合わないとかそんなん嫌じゃないすか。自慢のお母ちゃんになるために色んなところを努力していきたいよね。
もちろん、友達が周辺にいない孤立したママですので気分転換は自分一人でやらないといけないわけですし。
まあそんな事は置いといて、我が息子。
もう5kg越えました。140のミルクもペロリ。
おデブちゃんなのかな?と思わせて骨太なしっかりした感じです。「あー」とか「うー」とか頻繁に声を出すようになっで可愛さ倍増。
自分の病気や投薬の結果が思うように出ていない事から、今後のことを思って自分を責めない日はない。
打ち勝ちたいものがたくさんあるのに足りないものが多すぎると落胆。知足のこころで解決したい所存であります。
子育てについては想定外なことが多々あるけど、予防接種が始まったり保育所見学が始まるからアポイント取ったり地味に忙しくて家事が思うように捗らないのが最近の悩み。
薬か、産後疲れなのか分からない睡魔や怠さ。
それをみて「怠けている」と思われないようにするのが精一杯で何となく息がつまる日々だったりもする。
もっとほかのお母さんたちは違うことで悩んでいたりするんだろうな。私は私のことだけで問題があって本当にこれで良かったのだろうかと考える日もある。
だけど時間は戻せないし、目の前にいる我が子を思うと「これでよかった」と心の底から思える。
薬を飲んでも眠れない。
これを解決しないといけないので投薬調整頑張りたいね。うん。
とりあえず最近はこんな感じ。また更新しまする。
おしまい
【生後1ヶ月】過ぎ行く日々と追いかける私
早いもので生後39日となりました。
39‥
サンキュー!
早!
生後1ヶ月が過ぎてミルクを飲む→すぐ寝るというサイクルが終わりに向かったようです。起きてる時間が長くなったことでグズる、黄昏泣きのスキルを習得しました。
そのほかにも声を出す、微笑、目で追うという可愛らしいスキルも習得して「ああ成長してるなあ」感がすごいです。
最初はミルク20mlで虫のようだった胃袋が140mlを貯蔵出来るようになり、放屁も得意になり人間になっていってるなあと一々感嘆を漏らさずにはいられません。
なるほどなー。
私が産まれた時もこんな感じだったのかな?とかどんな顔してても大人はみんな、こんな風に赤ちゃんのときは過ごしていたのかな?と思ったりする。
人はそれぞれ育ちも親も住むところも言葉も全部違うわけだけど、それでもこんな感じというニュアンスで想像してみるとウンチみたいな奴も嫌いになれないような気がしてくる。
まあ気だけなんだけど。
実際は超新星爆発のような感じで怒り狂って消滅するんだけど。
久しぶり過ぎてブログのテンションが分からない。そもそもオカルト、廃墟、酒と全く異なるジャンルで書いたし誘導用にressentiment、足りてる?にこのブログの記事を投稿してない。
なんか疲れちったんすよ。
まあそんなもんよね。
ゆるゆるとやっていきたい。
生後1ヶ月を迎えたけど特に記念ぽいこともせず、初節句は大人が柏餅を食むだけという何とも言えない感じだったので(一応、兜は飾ったけども)。
黄昏泣き(夕方から理由もなく泣き続ける現象)の対応用のオモチャ、魔法のラトルを購入したけどプレゼントではないし何となく寂しい。
ちなみにこれ、泣き止まないw
一瞬だけ気がラトルに向くけど一瞬よ、一瞬。ただ音がする方に視線を動かせるまで成長したことを確認出来たから良しとしよう。
次の段階にある、物を掴む、振って遊ぶまでラトルの活躍は期待出来ないのが残念だ。
そんなわけで6月に入ったら枕元にいるお友達としてぬいぐるみをプレゼントする予定だ。何才まで好きでいてくれるかなあ。
そんな訳で無事に新生児期を卒業し、乳児生活を送っている。
そろそろ忘れそうだからパニック障害と出産について書き留めておこう。次回に続く。
【生後0ヶ月】退院から今日までを振り返ってみる
4月16日から不規則な痛みは18日の深夜から耐えきれないほどの痛みに変わり、その日の昼に出産をした。あの日から早いもので1ヶ月が経過しようとしている。
私は乳児と触れ合った経験が一切なかった。そこから考えて新生児と呼ばれる、1ヶ月だけの期間でよくここまで触れて色々なことを出来るようになったと我が子の成長と同時に自分の想定していたよりずっと動けている事に驚きを禁じ得ない。
沐浴は超怖かつ、あの姿勢をすると縫ったところが裂けそうな衝動に駆られるため入院中と退院して間もなくの二度しかやっていない(オット氏に一任)。
しかしながら風呂上がりの事は全て手際も良くなったと自賛している。へその緒が取れて血と謎の肉片でグロくなった部分の消毒、以前なら誰かに押し付けたかもしれないものをこなせる様になった。成長である。
退院して最初の頃は変な顔をたくさんしてくれた。困り顔が得意である。
今見ると「赤ちゃんすぎるぜ」という感想を抱いてしまう顔。
これはスシローの店員さん。
と色々な写真を振り返って、今日この子の顔を見ると一回りは大きくなり浮腫みも取れてスッキリした顔立ちに変わりつつある。というかこの写真と全然違う顔つきに見える。
ここ数日では起きてる時間が長くなった。以前ならミルクを飲んでる途中には寝てしまい、殆ど寝顔ばかりを拝んでいたものだが。
最近はこちらの顔をじっと見つめたり、音のする方へゆっくり顔を向けてみたり「あーー?」と謎の発声を時々している。新生児を卒業し赤ちゃんになろうとしているんだなあと成長を感じる。
産後2週間頃から産後うつの兆候が出易くなるらしいが、それを疑うような憂鬱が日に何度か突然現れる。パニック障害やらで元から近日のうちに通院予定なのでさっさと色々寛解して、朗らかな日々を過ごしたいと願う。
最近少しだけ嫌なことがあった。
人には触れられたくない部分が誰しもにある。それはどんな関係であれ語らいの少ない相手であるほど言葉による痛みは深くなる。
そんなことがあった。
正直、自分でも自分を追い込んで疑って「そんな日を迎えるのは絶対に嫌だ」ともがいていた頃だから尚更にもう死んでしまおうかと無責任だと更に自分を責め立てざる得ない衝動に駆られた。
毎日、どの瞬間でもこの気持ちがあるわけではなく私は自分の専攻した分野であったり興味の範囲で知識があり対処できると自信がある。
それでも寛解までは人の手を借りなければならない今日や、この先を考えるとどのように振る舞えばいいのか分からなくなる。
あの時の選択は正解だったか?
正直、幸せだと思えている。まだ慣れない、妙な、しかし親しみを感じる香りのする我が子の存在は大きい。そして支えてくれるオットもまた同じである。
人間を人間とする。
この仕事の面白さを更に見出して、自分の人生の充足もまた考えながら日々を過ごしたい。可能な限りに穏やかで健やかに。
そんな今日。
ちなみにもうすぐ1ヶ月検診だー!
ちょーたのしみ!でかくなった!
あ、その前に2週間検診の事も書いておきたい。これらは日記である。書けない、或いは書かない事もあるがこんな感じで更新していきたい。
おしまい
【39w5d】LDRに入って2時間半で産んだけど人生で一番長く感じた時間だった【後編】
LDR室に入ってからは下着を取り替えたり、分娩用のパジャマに着替えたりと陣痛の合間に色々やった。
分娩台に乗ったときも、痛みで息のやり方を忘れた時も全部まだ鮮明に覚えている。その上で言えるのは「本当に痛いのは陣痛じゃない」ということだ。
いや、陣痛は普通に痛かったよ。
脂汗を垂れ流して声を押し殺そうにも、息を吐くたびに声が混じる。産む瞬間は一瞬だと思っていたけど頭が見え隠れする頃から出し切るまで30分くらいかかったと思う。
それが一番痛かった。何より力がいる。
体力に自信のない私だけども、この状態から解放される為には助産師の言葉の通りに動くしかない。言われたことを理解して実践することだけに集中する。
いきむ瞬間を口頭で伝えて補助を促す。これでいいのか?と確認を怠らず、とにかく必死だった。
頭が出た時に私の陰茎は切れた。
これ産後あるあるで散見するけど私は普通に分かったよ。陣痛やいきむ時の痛みと違う痛みだから「コンボ決まった〜!」と言った感じ。
「んああああいってえええ!」
とか多分言ってた。みんなは出産が痛いんだろうと思ってたはずだが違う。マンの物が痛かった。あれはね切れちゃダメだよホント。
やめてくれよと思った。
ちなみに縫われてる時も普通に痛かったよ、それ以前の痛みの方が痛かったからと言い聞かせて耐えたよ。麻酔?そんなの位置によっては効き方が甘いんすよね。
でも割と普通に歩ける。
まあ切れた場所によるのかもしれんな。
生まれたとき「ほんにゃ〜」と声が聞こえた。嬉しさは勿論だけど試合が終わったという安堵感が強かった。想像していたよりずっと人間の形をした、可愛い生き物だった。
わたしには母性や人らしい感覚が一般より少ないと思ってたけど、ちゃんと心から「我が子よ‥」と思った。
そこに続けて「力が欲しいか?」と尋ねたら、小さな命は欲する時に奪うと答えた。さすが我が子である。
※産後すぐの手(血管と色が普段よりやばい)
産後2時間はその状態で静かに過ごして、2時間後にはトイレと歩行を強制されたが普通に出来た。これが私の出産レポートとなる。
すべてが想定外だった。
夜に生まれると思ったら朝だった。
予定日を過ぎると思ったら早まった。
思っていたより可愛かった。
髪の毛が多かった。
とてもよい天気の日に産まれてきたんだよ、といつか話をしたいと思う今日この頃である。
そして母になる。
とりあえず産褥期が明けたら少しずつ筋トレとダイエットして戻します。人間になりてえ。
パニック障害視点レポと育児編につづく
おしまい
【39w5d】は?五分間隔?なかったよそんなの!【産んだ】
先日、無事に産めました。
元気な男の子で聴覚検査や黄疸もクリア。
毛深い二重の男の子だよ!
いや、ホントは新生児期を越えないと確証がないんだけどね。いま、見る限りは奥二重ぽい。
はじめてのNST、我が子は爆睡していて何度か腹を機械でぶりぶりされ起こされるたびに胎動が激しくなるから「怒ってんのマジ草」とか思ってた。 pic.twitter.com/IDvM8J396l
— きり (@jidaraku_91) 2019年4月17日
出産前日の妊婦健診。
なぜNSTを取ることになったかと言うと普段なかった謎の腹痛と胎動が著しく落ちて何も感じないレベルまで達していたからである。
今思い返せばこれが初期陣痛だったのかもしれない。間隔は15分とかだったし生理痛に毛の生えたレベルだったから見過ごしていた。
【39w4d】予定日まで残り3日となったわけだが - 2019年4月に子を産む人のブログ https://t.co/YDexoRkk7I
— きり (@jidaraku_91) 2019年4月17日
そしてこんな記事を書いた後に予期せぬ事が起きた。
「おしるし」や「粘液栓」はお産が近い合図。あとは五分間隔の陣痛か破水が出産の始まりであると思っていた。そんな話しかみんなしてなかった。
世の中には例外がある。
時間があまりにも一定にならない陣痛を私は前駆陣痛と決めつけていた。医師もそのように話していたしね。
前駆陣痛にしては余りにも間隔が狭く痛過ぎると思い、きちんと記録を取り始めると最大で10分間隔の痛みがちょこちょこ続いていることに気付いた。
そりゃあメンタルもゴリゴリにやられるわけで、おまけに陣痛の強度は右肩上がりなのに間隔は揃わないし縮まらない。
助産師さんも医師も「そんなもんだよ」の一言で終わらせる。出産経験のある友人も「子宮口5cmでも痛すぎて絶叫した」とか言ってるわけ。
そんなん言われたらこの間隔的ながらも、時間が縮まらない痛みは前駆陣痛と思うほかないじゃない!
痛みは13時頃から定期的にあったが、ついに陣痛を疑ってカウントを取り始めたのは20時。
午前3時頃、痛みに耐え始めて12時間以上が経過したころに我慢出来ずに病院へ駆け込んだ。この前駆陣痛は何かが変だし昼間に開いていた子宮口の3cmは更に広がってるはず!と期待してた。
「ん〜。間隔もバラバラだし4cmくらいだね」と言われてNSTをやって帰宅。この帰宅が私の出産に対するハードルを底上げした。
帰宅してから1時間経過した頃からだろうか。声を出さずにはいられない痛みを伴う、最大でも10分程度の間隔で陣痛が続く。
「どうせこれも前駆陣痛で子宮口を広げるとか関係のない痛みなんだ。それなのにどうしてこんなに痛いんだろう」
どうしたらいいの?という気持ちも溢れて次第に冷静さを欠いた私は「これから経験するほんとうの陣痛」を心底から恐れるようになった。
もう嫌だ、こんな痛いのにそれより強い痛みがこれから来る。逃げ出したい。と脂汗を浮かべながら痛みが来るたびに絶叫した。
前日も遅くに寝て、明け方に陣痛で起こされてたからメンタルはグラグラだったのは確か。
痛みの時間は1分未満から2分以上に。尾骶骨や恥骨を破壊せんとする違和感と痛み。痛みの狭間で来るのは恐ろしいほどの睡魔、ふわふわな安らぎと思わせてヤバいやつ。
痛みで脳が作る麻薬は睡魔の気持ち良さを教える。その睡魔を啜ると陣痛の間隔は縮まらないらしく、それはそれで長期戦の痛みと戦う事になるとかならんとか。
次第にこの私が絶叫をかますようになる。どうせ病院に戻っても子宮口もなんも関係ない、これは幻覚痛みたいなもので私は弱虫だと自信まで欠いたころ。
意を決して病院に行った。玄関先、タクシーのなか、営業中の病院内で陣痛の波が来るたびに声を押し殺した。
診察台で「うわ!すごいね!8cmだから分娩台にいこう!」と言われた瞬間、私は天に昇った。
「な〜んだ!陣痛は8cmが一番痛いらしいじゃないの!これが今!今なんだ!耐えるわ!」
と超単純。車椅子を用意してもらったけど陣痛の合間にお産が早く終わるならと徒歩一択でLDR室まで歩いた。
LDR室(陣痛と分娩が同じ部屋)に着いたとき、陣痛の波がきた。安心して膝から崩れ落ちたのは覚えてる。
「もうお産‥やめてもいいですか?」
つづく